忙しい朝だからこそ、食を豊かに。
「朝は1日の活力を養う時間。3食の中でも特に朝食こそ、上質なものを選んで楽しんでほしい」。そう語る杉窪さんは、国産の小麦を中心に、無農薬で育てられた素材にこだわって作られるパンを通じて豊かな食文化を提案している。
「僕の手がける〈365日〉も〈ジュウニブンベーカリー〉も、どちらの店名も、毎日の食を大切に、そしてほんの少しでも食が豊かになるように、という思いを込めてつけました。今の時代、核家族や共働きの家庭、あるいは一人暮らしの方が多いし、朝食を作って食べる時間もなかなかないですよね。でも、翌朝食べるパンを仕事帰りに買うだけならハードルは高くない。忙しい日々を送る人たちに、食を通じて体も心も少しハッピーになるような朝の時間を提供できればと思っています」
ベーカリーとカフェ、どちらのお店でも杉窪さんが大切にしているのは、できる限り多くの選択肢を用意すること。
「朝食って、昼食や夕食に比べて選択肢が少なく、大雑把に言えばパンかごはんか、の二種類しかありません。とはいえ、パン派の中でも、選べる選択肢はたくさんあった方が純粋にワクワクしますよね。僕の店では定番の食パンだけでも、小麦の風味や食感の異なる3、4種類を用意しています。〈365日〉でイートイン営業をしていた頃には、和食も提供していました。いろんなニーズに対応できるお店になるようにということは常に意識しています」
かくいう杉窪さんの朝は、意外にもごはん派。お茶碗1杯の白米を中心に、金目鯛の煮付けに胡麻豆腐、サラダ、具沢山の味噌汁……。毎朝約8品を20分足らずで準備してしまうというから驚きだ。
「母が作ってくれる朝食も、同じくらいの品数だったんです。焼き物に煮物、味噌汁、数種類の小鉢から漬物があって、さらにとんかつまで並ぶ日もあった(笑)。ボリュームのある朝食に食べ慣れていたんですよね。今となっては、全くもって手を抜かない実家の朝の食卓が、自分の考え方の原点にあるのだと思います」
ベーカリーに続いてオープンしたのが、ナチュラルな精製にこだわった自家焙煎のコーヒーを味わえるカフェ〈二足歩行coffee roasters〉だ。杉窪さんが世界中の飲食店を何軒も食べ歩いて辿り着いた究極のカフェは「上質なコーヒーと共に、しっかりとした食事をとることができる店」だった。そのスタイルはロンドンの〈オゾン・コーヒー・ロースター〉に影響を受けながら、白を基調とした開放的な店内の様相は、コペンハーゲンの〈リル・ベーカリー〉を参考にした。もちろん、モーニングも提供している。
「メニューのこだわりは自然素材を使うこと。パンはもちろんのこと、添えられるスモークサーモンやベーコン、ハムも自家製にこだわり、卵も料理に合わせて3種類ほど農家さんから仕入れています。良質な材料を使って、全部手作りで提供することは、ベーカリーと変わらず大切にしていますね」
平日は1階にある〈ジュウニブンベーカリー〉のパンを持ち込み、コーヒーと共に食べることも可能。店内にはバルミューダのトースターが設置されており、リベイクしてくれる。
「バルミューダのトースターは、以前からよく知っている吉祥寺のベーカリー〈ダンディゾン〉の木村(昌之)シェフが研究開発に関わっていることをきっかけに知りました。緻密に研究を重ねながら丁寧なものづくりをされているところには共感していますね。ただ、様々なモードや機能がついたハイスペックなトースターなので、パンの種類に合わせて使いこなしてこそ、真価が発揮されます。そこで、パンの特性に合わせてどんなモードで何分温めるとよいか、バルミューダのトースターを使用する際のリベイクのマニュアルを作りました」
例えば、食パンならば、水を入れずにトーストモードで3.5分焼く。(※)一方でクロワッサンやカレーパンなど、表面をカリッとさせたいものならば、水を入れてクロワッサンモードで焼く、など、細かな設定を決めていった杉窪さん。これらはいずれも、職人としての経験と勘から導き出されたものだ。
「水を入れ、スチームを発生させることで熱伝導率が高まり、早く、しっとり焼けるというのがバルミューダの持ち味だと思います。うちの食パンは水分量が多いので、水分を少し抜いた方が美味しい。そこで、スチーム機能を使わずにトーストした方がうちの食パンには合っていることが分かりました。一方で、表面をカリッとさせるには、スチーム機能が活躍する。どんなふうに仕上げたいかが、使い方の一つのヒントになるかもしれません」
フランスでの修業時代に杉窪さんが気づいたのは、パンにはその土地の個性が現れること。気候・風土をはじめ、その地で暮らす人々の生活習慣の影響を受けながら、地域独自にパン文化は発展を遂げている。
「日本では当たり前のように食卓に米も麺も並びますが、少し前までパンには居場所がありませんでした。ゆえに朝食になる食パンとか、昼に食べる惣菜パン、おやつに食べられる菓子パンなどの役割を持った種類のパンが独自に進化していったんです。これは日本ならではの良い文化です。だからこそ、食材選びにおいても外国の真似をするのではなく、日本の小麦を使って、日本ならではのパンを提案し続けたいと思っています」
少々価格は高くなろうと、国産の素材を中心に徹底的に質にこだわり、丁寧にパンを作り続ける杉窪さん。その裏側には、現代のライフスタイルへの危機感も表れている。
「“タイパ=タイムパフォーマンス”という考え方がありますが、そうではない価値観も大切にしたいと思っています。例えば音楽を聴くにしても、CDを買う時間とお金をかけることなく、スマホ1台でたくさんの音楽に接することができます。こういったサービスは便利な反面、CDと比べると音質の違いは明白です」
「全部を網羅しようとするのではなく、自分にとって本当に必要なものを見つめ直して、選び取っていく人が増えていることはいい流れだと思う。そうすると自ずと、食卓を豊かにすることや、丁寧な時間を過ごすことの大切さにも、再び目がいくのではないでしょうか。自分が心地良いことに時間やお金を割くことほど、豊かなことはないですよね」
※バルミューダではスチーム機能が作動するトーストモードでは水を入れての使用を推奨しています。
Edit:MAGAZINE HOUSE CO.,LTD ,
Interview:Emi Fukushima , Photo:Keisuke Ono