バルミューダのつくり方

東京武蔵野市の片隅で、バルミューダという会社が生まれてから15年が経ちました。自分だけの事業を始めるという行為は、驚きと苦労の連続ですが、同時に信じられないくらいの喜びと出会える素晴らしい体験です。そんな体験をぜひ若い人たちに紹介したいという思いで書きはじめた本、「行こう、どこにもなかった方法で(新潮社)」をご紹介します。

バルミューダ代表 寺尾 玄

2018年7月現在、バルミューダの従業員数は100名を超えました。創業時、社員は私一人、所在地は私の自宅でした。小さな一人舟だった会社が100人乗りの船に成長するまでには、数々の出来事がありましたが、絶対に忘れられないのが2009年、倒産直前の状態から扇風機の開発を始めたときのことです。その扇風機は、周囲から無理だろうと言われながら、2010年に発売されヒット商品になりました。このストーリーを本の後半で書きましたが、当時のことは今だに、私の人生の中で最もエキサイティングで、最も素晴らしい体験です。

の会社を創業する前、私はミュージシャンでした。そのもっと前、17歳のときに高校を中退してスペインやイタリアに放浪の旅に出たのですが、あのとき、私は文字通り自分自身の旅を始めたのだと思います。創業や事業の取り組みについて書くつもりだったこの本ですが、書き進むうちにそれ以前の道のりも書かないと説明がつかないだろうと思うようになりました。中でも、私の考え方に多大な影響を及ぼした両親のことも。もしこの本を手に取ってくれる方がいたら、彼らの破天荒で情熱的な生き方、その味わい深さを、お楽しみいただけると思います。

局のところ事業とは、ほかの誰かに喜んでもらう事なのだと思います。音楽時代から数えると、このことを私が学ぶのに20年以上かかってしまいました。これから出航する多くの若い人たちは、やりたいから何かを始めるのだと思います。「やりたい事」と「誰かの役に立つ事」が一致した時に事業は成立しますが、私の場合、これを実現するには多くの失敗が必要でした。むしろ、失敗を重ねることが自分や会社が成長するために不可欠だったと感じます。そうこうしているうちに自分はもしかしたら失敗のプロになったのではないかと思うこともあります。プロから一言、言わせてください。失敗したのは今日の自分。失敗した分、明日はもっとうまくやれるに違いありません。失敗しても大丈夫です。

ころでバルミューダという会社は今も航海の真っ最中。この先、この会社がどんな海を渡っていくのか、私たちにも想像がつきません。でもそれで良いのだと思います。だって想像のつく事にはワクワクしませんから。