A tasty story

フィレンツェの出会い

ミナ ペルホネン 皆川 明さん

「どうしても、あの味が忘れられない。」 そんな特別なおいしさは、教わるだけでもわくわくします。

今回、お話を伺ったのは、皆川 明さん。
素材や着心地にとことんこだわった、オリジナルデザインのテキスタイルによって、
身にまとう人の「よい記憶」につながるような、独自の服づくりをつづけています。


最近は食にまつわるエッセイを連載されるなど
料理好きの一面も持つ皆川さんの忘れることができない「おいしさの記憶」とは。
その味わいを再現したレシピと共に、お届けします。

れられない料理って、いろいろありますけれど、なんといってもフィレンツェで食べた「鶏のバターソテー」がいちばんですね。
町の小さな食堂みたいな店で出している、いたってシンプルな料理なんですけど。熱々のバターが音を立てている鍋を、そのままテーブルへ運んできたと思ったら、目の前でさらにバターを回しかけて仕上げて、ぶっきらぼうに「ほら、食べろ」みたいな感じでね。

豪快な一皿に、皆川さんも思わずシャッターを切った。(写真提供:MINA Co., Ltd.)

でも、ひとくち頬張った瞬間に、この料理を目指して地元の人たちが店にやって来る理由が一瞬で理解できたんです。こんがり焼けた鶏肉とバターの芳醇な香り…ほかに何が入っているのか、詳しくは分からないし、きっと教えてはくれないと思いますが。素っ気ないのに、ていねいな愛情が伝わってくる料理で、きっとここでしか味わえないんだろうなって思いました。
その頃、僕はイタリアの食器メーカー〝リチャード ジノリ〟からテーブルウェアのデザインを頼まれて、たびたびフィレンツェを訪れていました。あのあたりでは、ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナという1㎏以上もあるTボーンステーキがとても有名だから、そもそも鶏肉の料理を売りにしている店があるというのが、ちょっと意外だったんです。

2017年、ジノリのデザイナーとの打ち合わせ。(写真提供:MINA Co., Ltd.)

もその日はなんと、顔なじみのパオラ・ナヴォーネ(イタリアのデザイン界を代表する建築家・プロダクトデザイナー)も偶然その店にいたんですよ。久しぶりに再会できて、とてもうれしかったし、あの舌の肥えたパオラが来ているということは、ここの料理は相当おいしいんだろうなと思いました。
もちろんその夜も、前菜を頼んだり、何品か食べたはずなんですけど、ほかの料理のことはいっさい忘れてしまったんです。それくらい「鶏のバターソテー」の印象が強烈でした。

タリアは、その土地ごとに異なる趣があるのが魅力です。ミラノはミラノ料理、トスカーナはトスカーナ料理っていう具合で、その土地に根づいた食材、そこからの料理で、ほんとうに地産地消が当たり前のようになっていて…そのあたりは日本も同じことを言えるかもしれません。
イタリアではファッションも同じで、あの素材はどこで、革ならどこだとか、ものをつくる時の産地とか、そういうものがしっかりと分類されています。つくりを見ても、ミラノの仕立てとナポリの仕立てはまったく違っていて、それがとても印象的ですね。

べるのも好きですけど、僕は食事をつくるのが特に好きです。料理をしている時間が楽しくて、家でくつろぐっていうのは、ごはんをつくっていること、みたいな感じかな。もちろんデザインしたり、絵を描いてる時間も好きですが、同じくらいに料理が好きですね。
一年くらいかけて素材からつくっていく洋服と、一回ごとに数十分でつくる食事、時間の長さは違いますが、やっていることはほぼ一緒なんです。材料はどうしようかな、こうやって組み合わせて、塩加減はこうで、火はこうやって入れて、器はこうしようみたいなのが、ほとんど洋服づくりのプロセスと重なっているんで、なんかそういう洋服のものづくりのダイジェスト版みたいなことを毎日キッチンでやっているような気がします。

The Recipe

思い出の一品を再現しよう、と意気込むキッチンチームに、 バターソテーの舌ざわりや味わいなどを、詳しく教えてくれた皆川さん。
「それでも、それ以外の料理のことは不思議と思い出せないんです。」
食の楽しみを知る皆川さんがそれほどまでに夢中となった、異国のおいしさ。
シンプルで素朴な調理法からは想像できない、 満足感のある味わいに仕上がりました。

デザイナー 皆川 明

1967年東京生まれ。1995年に自身のファッションブランド「minä(2003年よりminä perhonen)」を設立。minäは「私」、perhonenは「ちょうちょ」を意味するフィンランドの言葉。手描きの図案によるオリジナルテキスタイルの服や小物をはじめ、インテリア、テーブルウェアなど、日常のためのさまざまなプロダクツを発表。国内外の産地と連携しながら、精力的にテキスタイル開発やものづくりを取り組みつづけている。ブランドの歩み、そこに込めた想いを語った「生きる はたらく つくる」(つるとはな刊)などの著書がある。

A Tasty Story

おいしさの記憶と、特別なレシピをお届けします。

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